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カポーティ

この映画、すばらしかった。

カポーティ。話題作なので言うまでもないけれども
トルーマン・カポーティがいかに冷血を書き上げたかという話。
全ての作家の執筆には、語るに値するストーリーがある。

冷血は実際に起きた一家殺人事件にカポーティが興味を持ち
取材をし本を書くものの、彼があまりに肩入れしてしまって
結局この後創作ができなくなった、という作品である。
って書くのもはばかられるけど。


冷血の原題はin cold bloodで、
たしかによく考えるとキワモノ的なタイトルである。
ましてや関係ができつつある人を目の前に言えることではない。
これは基本的には犯人を指す言葉だと考えるのが素直な解釈だと思う。

そして、カポーティもそのつもりで書いていると言っていた。
しかし映画を見ているととても疑ってしまうのだ。
作家と個人の間で揺れる彼はとても冷たい。


解決しないことをタイムリーに書いていくのはとても辛い。
なんだってそう。身を文字通り削るのだ。
結局カポーティはこれを達成しうるだけの冷たさを持っていなかった。と、私は思う。

二人の犯人との最後の面会で、
カポーティがまるで弁解するように話すシーンは痛い。
なんというか、こんなにタフなことって早々ない。
自分で関係を求め、頼られ、救済するものの翻弄されることに疲れ、
見捨てる。
人生を壊してしまっても仕方ないだろう。
本屋に並んだ冷血を見て、カポーティはどんな思いがしただろう。
後悔?羞恥?
あまりに多くの犠牲をはらっただろう。

かなえられなかった望みより、かなえられた望みに多くの涙が流された。
その後カポーティはこんな言葉をのこしているそうだ。
なんて、胸がいたくなる言葉でしょう。

フィリップホフマンシーモアの熱演はもちろんすばらしい。
それより、カポーティとアラバマ物語の作者はほんとうに
あんなに密な関係だったんだろうか。興味深い。

大学で一人の作家について研究する。
そういう生活でもよかったな、と改めて思いました。

【2007/04/17 01:16】 | Journalとか | トラックバック(0) | コメント(0)
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